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Doraneko&Donuts

おすすめの本と映画と音楽をお茶を飲みながらまったりと語るブログ

原発をエンタメにした「天空の蜂」は「沈黙の群衆」を刺し貫いたのか?

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おすすめ映画情報28

こんちわ、おいさんです。

みんな映画は好きですか?(*´∀`*) 

 

先週、わしはあの腰痛の記事がバズったその日、映画を観に行きました。

本当はその日にこの記事を書くつもりだったんだけど、あまりにあの記事が大ヒットしてしまったので舞い上がってしまって書くに書けない状態が続いていました。 

 

そこで今回はだいぶ落ち着いて来たということもあって、

先日わしが観た「天空の蜂」について今回は語ってみたいと思います。

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東野圭吾の先見の明に思わず唸らされるw  

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結論を先に言ってしまおう。

 

おもしろかった!(*´∀`*) 

 

この映画は面白い。

何故なら堤幸彦監督の撮り方もすごいが、東野圭吾のストーリーが素晴らしいからだ。 

 

この映画は原発を真正面に据えた作品だ。

しかも原発をエンタメにした映画としては画期的なものだったに違いない。 

東野圭吾自身、この作品には並々ならぬ思い入れがあったらしく、文庫版の帯には「今まで書いた作品の中で一番思い入れが強いのはどれかと訊かれれば、これだと答えるだろう」と語るほど、この作品は東野圭吾にとって一発逆転を企図した渾身の一作だったらしい。

 

ストーリーはこうである。

錦重工業の第三格納庫から、軍用ヘリ「ビッグB」が奪取される。

巨大な軍用ヘリの内部には大量の爆薬物と開発者の湯原一彰の子供を載せたまま、遠隔操縦によって高速増殖炉「新陽」のある方へ飛び去ってしまう。

その後テロリストから「現在稼動中・建設中の原発を全て停止しろ、さもなくば巨大ヘリを「新陽」に墜落させる」という脅迫状が日本政府へ届く。

原発の安全神話を掲げてきた日本が、テロリストの要求にどう対応するか協議している間にもビッグB燃料切れというタイムリミットが迫っていた……

 

堤監督ってこういったサスペンスは上手いねw

この映画は冒頭のヘリコプターが乗って飛び立ってしまうシーンに見られるように、邦画でこれほどまでにCGが上手くなったのかと感心してしまった

他にも序盤の自衛隊ヘリによる子供の救出シーンや、ヘリコプターを原発に墜落させないために「ビッグB」に江口洋介扮する湯原が立ち向かうところなどCGの見せ場はたくさんあり、そのどれもが圧巻だろう。

堤幸彦って「BECK」みたいな映画を撮らせるとダメな監督だけど、こういったサスペンスはやはり上手い人なんだなあと改めて知った。

 

それにしてもこの小説が95年頃に書かれた本であるというところに東野圭吾の端倪すべからざる慧眼が光っているように思える。

映画自体の物語設定も平成7年の設定で行われ、当時のTVとか車とか今見ると一昔前にはあった懐かしいものがたくさん使われていて、わしが小3くらいだった当時を厳密に再現している。

 

そんな物語も、誰よりも速く日本の原発神話に疑問を抱いたからこそ緊迫のストーリーが書くことができたのだろう。

しかし実際には当時、この本は東野圭吾が予想していたよりも売れず、長いこと陽の目を見ずに「忘れさられていた」という。

 

本人も「絶対に映像化は無理だろう」と思っていたのだそうな。

 

しかし、それがあの3・11の震災以来、原発の安全神話が崩れ去った後は、当時全く見向きもされなかった原発をテロリストが襲うというストーリーも、ようやくここ最近になって「実際に起こるかもしれないリアルなもの」として大衆が感じ始めたのだろう。

 

もう当時のような原発安全神話は通用しない。

時代が、ようやく東野圭吾の想像力についてきたようだ。

 

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95年当時から変わらないこの国の安全神話

見ていて感じたのは、やはり当時から日本は原発の安全神話を過大評価していたという点だろう。

それはもうカルトとしか呼べないような呆れ果てた思考停止状態を当時からしていたということだ。

 

この映画でそうした人たちの描写を見ているとゾッとする。

こんな連中にわしらは騙され続け、何食わぬ顔して今まで電気を使い続けてきたのか。

 

そして最後に出てくる、「狂っているのはどちらなのか、わかる日が来る」という真犯人のメッセージは特に考えさせられる。

拡散するはずだったメッセージの「狂っている」のはどちらだったのか?

 

震災という大災害を被ったにもかかわらず、放射能や安全保障上のリスクを抱えながらも、未だにエネルギーを原発に依存することを選んだ「変わらなかった日本」。

 

この映画は単純な反原発の映画ではない。

もちろん原発推進派の映画でもない。

 

一見すると反原発な映画にも見えなくもないが、実はそんな単純なストーリーではないのだ。

 

あまり詳しいことはネタバレになるので突っ込んでここで語ることはできないが、この映画で描かれているように、何も考えずに電気が必要だから賛成とか、危険だから反対というのはどちらもダメで、結局どちらにしても放射の問題はあるということを、自分の頭で考えられない人たちに対して嫌でも考えさせられる構図になっているのだ。

 

こうした人たちは、リアルな世界でも「天空の蜂」に刺し貫かれければ、「沈黙の群衆」のまま、変わらないのだろうか?