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Doraneko&Donuts

おすすめの本と映画と音楽をお茶を飲みながらまったりと語るブログ

好きな人を取られたあなたに かなしみをちからにする方法

おすすめの本

かなしみはちからに 心にしみる宮沢賢治のことば

※2015/8/25 リライトしました。

 

ドラねこ書店 おすすめの本38

ちわ、最近悲しみが止まらないドラねこです。

今週はだいぶ寒いですが、皆さんいかがお過ごしですか?

 

寒くなるとちょっぴり寂しい気分に落ちいったりしますよね。

今回はそんな冬にピッタリの「力の出る言葉」の本をご紹介します!

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かなしみはちからに

かなしみはちからに 心にしみる宮沢賢治のことば

かなしみはちからに 心にしみる宮沢賢治のことば

 

最近、悲しみが続いている。

身近な人にちょっとした不幸が起こったり、仕事がうまくいかなかったり、好きな芸能人が結婚したりと、わしのまわりは思わず「チクショー!ふざけんなっ!」と吐き出したくなるような面白くないことばかりです。

 

そんな状況に置かれている人は、わしのブログの読者にも多くいると

そんなわしが宮沢賢治の言葉をここまで真剣に読んだのは初めてだった。

なんとなくは知っていた。そして正直いつも気になってはいた。

でも宮沢賢治といったら、やたら言い回しが古臭くて、また読み解くのが難解でどこかで避けていたのだ。

だから今回、宮沢賢治の作った「物語」ではなく、その「ことば」を読むにあたって新たな発見が多くあった。

 

いつからだろう?自分が様々なしがらみに囚われていたのは。

そんなふとした日常の煩わしさが、この本を読むことによって少し晴れた気がした。

かなしみはちからに」は2011年・東日本大震災で傷ついた東北、いやすべての日本人の為に齋藤孝先生が選び、編集した本である。

 

冬の街を歩いて頭の中が真っ白になるような

私事で申し訳ないがワシ自身、冬の街を歩くのが大好きである。

なにをいきなり?と思われる方もおられるかもしれないが、冬の寒空の下、身を切るような寒さの中を一人歩く、そのわびしさが意外と好きだったりする。

冬の木枯らしが吹く中を、「寒い寒い」と思いながらも、頭を空っぽにしてひたすら歩く。

 冷たい空気によって、自分の頭が隅々まで澄み切っていくのがわかる。

 

冬空に一人、大のおとなが黙々と歩いているのは、傍からみたらものすごく寂しそうに見えるかもしれない。いや、事実ものすごく寂しいw

だが、わしにとってそれがなぜか心地よいのだ。

 

人によってはそんなひとり歩きは、寂しくて耐えられないというかもしれないw(特に女性には)

しかしそうした冬のひとり歩きが、日々の煩わしさをいつの間にか忘れさせて、いつしか自分が自由になったような気がする。

本書はそんな印象をあたえる一冊だ。

ここに書かれていることばの一つ一つが、ひとり冬の寒い中を歩いているような錯覚を感じさせるのだ。

 

例えばこんな「ことば」

泣くな。

こんなことはどこにもあるのだ。

それをよくわかったお前は、

一番さひはひなのだ

                  『貝の火』

とか、

「なるやうになれ。

どうでもなるやうになれ。

流れろ。流れろ。」

ひとりでに流れる力は不加抗です。

ただしこれからの流れやうは

きめなければならない。

              『書簡(大正八年)』

とか

お前たちはだめだねぇ。

なぜ人のことをうらやましがるんだい。

僕だってつらいことはいくらでもあるんだい。

お前たちにもいいことはたくさんあるんだい。

僕は自分のことは一向考へもしないで

人のことばかりうらやんだり馬鹿にしてゐるやつらを

一番いやなんだぜ。

僕たちの方ではね、自分を外(ほか)のものとくらべることが

一番はづかしいことになってゐるんだ。

僕たちはみんな一人一人なんだよ。

                 『風の又三郎』

いい言葉だなぁ(;´∀`)

この本に載っている「ことば」と「写真」が、街を歩かなくてもそうした冬の澄み切った空気を感じさせてくれる。

 

そしてまた、わしに冬のひとり歩きをさせようとするのだ。

 

「かなしみ」は自分次第で「ちから」になる

監修者あとがきで齋藤孝先生はこう言っている。

自分自身と向き合うとき、そこには部屋の中で内へ内へと深く掘り下げていく垂直方向への掘り下げと、屋外で外へ外へ広がっていく、宇宙までも広がるような水平方向との広がりの二つがあります。

賢治の場合、この両方のスケールがとてつもなく大きいのです。これは私たちが普段生活しているなかで忘れがちな、本来の生命が持つスケール感です。そういうものに賢治のことばを通じて気づくことができると、自分が抱えた十人や二十人程度の人間関係に軋轢など、簡単に取り外せるようになるでしょう。

もっと内に掘り下げてもよいし、もっと外に広げてみてもよい。

例えるなら顕微鏡とハッブル望遠鏡の違いのようなものです。

『銀河鉄道の夜』などは、まさにハッブル望遠鏡のイメージです。そういった大きな心で自分を見つめてみると、個人のことだけで悩むのがなんてちっぽけなことなんだろうと思えてくるはずです。

なるほどそうか。

わしはいつも冬の歩いている時は寂しさに包まれながらいつしか陳腐な自己憐憫に浸っている自分がいたりもしていた。

本当は心のどこかで本書にあるような力強いことばを求めていたような気がする。

 

これを知ってからは、もう今度のひとり歩きは寂しくないだろう。

かなしみから、どこかちからを生み出せるような気がするのだ。

かなしみはちからに、欲(ほ)りはいつくしみに、いかりは智慧にみちびかれるべし。

 今度、『銀河鉄道の夜』でも読んでみようかな?

 

www.doraneko86.net