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Doraneko&Donuts

おすすめの本と映画と音楽をお茶を飲みながらまったりと語るブログ

知性を磨くための効率よく本を読む方法

おすすめの本

本を読む本 (講談社学術文庫)

 

ドラねこ書店 おすすめの本81

ちわ、おいさんです。

全国的には梅雨になりかけているけどみんな晴耕雨読の日々を送っていますか? 

 

わしは前回はてなのお題で書いたように今月はたくさん本を読んでいこうと思ったのですが、それ以前にもう少し自分の読書の姿勢をもう一度洗いなおしてみようと思いこんな本を読んでみました。

それが「本を読む本」という本です。

を読むってなかなか変わった名前の本だね。回分みたいw(^_^;)。

 

今回はそんな本の読み方に着いて語られている本をご紹介します。

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本を読む本

本を読む本 (講談社学術文庫)

本を読む本 (講談社学術文庫)

  • 作者: J・モーティマー・アドラー,V・チャールズ・ドーレン,外山滋比古,槇未知子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1997/10/09
  • メディア: 文庫
  • 購入: 66人 クリック: 447回
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一年に何冊も本を読む。

 

10年前から急に読書の必要性を痛感して始めたのだが、最近になってその姿勢に疑問を持ち始めた。

まず、本を読んでいるのに一向に頭が良くなったようには思えない。

たくさん読めば読むほど、わしの出来の悪い頭は昔以上に生産性が落ちているように思える時があるのだ。

何も知らないあの頃はそれだけですべて楽に生きれた。

しかし色んなことを知る度に、わしの頭では考えきれないような問題にぶち当たり、混乱するのだ。

 

世の中のことにしろ、経済のことにしろ、自分の生活にしろ、自分を助けるために始めた読書が、直接的には今のところなんの恩恵ももたらさない。

いつまでもわしは相変わらず無職に近いフリーランスだし、恋人はできないし、実家ぐらしの貧乏人である。

思えば読書を本格的に始めたあの頃、なんでもいいからとにかく本を読み漁れば何か自分の役に立つことがあるんじゃないかと思って、2・3年前まで貪るように大量の本を読んでいた。

しかしここに来て読書というものが自分の人生に直接的には何の利益も生み出さないということに薄々気づき始めた。

 

量よりも質を高める読書法

それでは読書というものは意味が無いものなのだろうか。

これはもちろん、「否」だろう。

 

では実際にどんな効果があるかといえば、ワシ自身の言葉ではなかなかハッキリとは言葉にできないが、それからというものわしは考え方を変えた。 

大量の本を片っ端から貪るように読むのは辞めて、

中身のある本をじっくりと読んだ方が有益なのではないかと。

要は、量よりも質を求めはじめたということである。

 

例えば本書の「本を読む本 」には点検読書2 表面読みというところにこんな風に書いてある。

賢くなりたいという高邁な望みを抱いてむずかしい本を読み始めたのに徒労に終わったという経験は誰にでもある。(中略)正しい近づきかたとは何か、それは、次の規則を守ることである。難解な本にはじめて取り組むときは、とにかく読み通すことだけを心がける。

すぐには理解できない箇所があっても、考えこんだり語句調べに手間取ったりしていないで先へと進むのである。

理解できることだけを心にとめ難解な部分はとばして、どんどん読み続ける。脚注・注解、引用文献もここでは参照しない。

いまそういうことにこだわっても、どうせわかりはしないのだから、こういう「つまづきのもと」はなるべく避けて、とにかく通読することだ。最初の半分しかわからなくても、再読すれば、ずっとよくわかるようになるに違いない。

p44・45

確かに大学時代はこんな風に自分の出来の悪い頭を良くしたいと思って少々ん難解な本を無理して(今でも)わかった風に読んでいた。

 

しかし、それだけでは簡単に頭が良くなるわけがないw

 

内容の濃い書物は、かみ砕くように何度も読まなくては書かれていることを100%理解することはできないのだ。

当たり前と言えば当たり前だが、以前はそんなことお構いなしにただ読み進めることだけに心を砕いていた。

しかし上述しているようにそうした姿勢は悪くはない。

ただそれは最初に読んだ本に限っていえばのことであり、二回目以降はやはり注釈なり解説なりをしっかりと読ん文章を噛み締めながら勉強していかなくてはならないのだ。

 

それを怠っては頭が良くなりようがない。

 

読書は反復することで知性が磨かれる、時間がかかるメディアなのだ。

 

読者の本に対するマナー

著者の関連知識が不足しているか、誤っているか、論理性に欠けるか、のどれかが立証できない限り、読者には反論する資格はない。

「あなたの前提には何も誤りはない。推論にも誤りはない。だが、私としては結論に賛成できない」ということは許されない。

それは、結論が「気に入らない」と言っているだけで、反論とは言えない。

著者に説得されたのなら、そのことは素直に認めるべきである。

p169

読者としてのマナー、それは本文をちゃんと理解しろということに尽きる。

ここで挙げた「著者の関連知識の不足」「情報が誤っている」「論理性に欠ける」のどれかでない限り、読者には著者を反論することは出来ないという。

 

まったく至極その通りという感じであるw

 

世間には、いやネットには特に人の言葉尻を捕らえて、

文章の全体を理解せずに勝手なことを言う輩が多すぎる。

要は国語力の問題なのだ。

本の概要や内容もつかんでいないような批評家に批評された苦い経験は、どの著者にもあるものだ。また、演説家なら誰でも、自分の話が全くわかっていないような質問を受けた覚えがあるはずだ。

実際、この手の批評家にまともに取り合うことは、無意味である。そういう批評家には、書き手や話し手の述べていることを、もう一度自分の言葉で、言わせてみるとよい。相手の主張も満足に自分の言葉で説明できないような批評家は、無視してかまわない。

p152

これは本を読む読者にだけ当てはまる言葉ではなく、ブログでも当てはまる。

ワシ自身も経験したが、ブログのコメント欄や、はてブなんかにつく意味不明で揚げ足取りのような批評の類もこれに入るだろう。

たまに「お前、本文読んでないだろwww」というような的外れ上から目線なコメントをはてブにつけていく奴がいるけど、本当に理解に苦しむ。

記事を読んでまったく賛同しなければ、はてブなんかつけなきゃいいのにわざわざ捨て台詞のようなコメントをつけていくんだから何を考えているのかわからない。

こういう意味不明な罵詈雑言は無視するに限る。

最初の頃はこのスルースキルができなかったけど、最近は少しずつだが耐性がついてきた。

 

的はずれな「批評」は、がっつり「無視」して構わないのだ。

 

一方、これはいわゆる「教養書」に対する読者の心構えであって、文学などの芸術性のある作品ではまた少し違うと本書は言う。

つまり、小説に対して、読者は反対したり賛成したりするのではなく、好きであるかきらいであるかのどちらかだということを、忘れてはならない。

「教養書」を批判する場合の基準は「真」だが、文学の場合は「美」であると考えてよいだろう。

p207

確かに小説を読んだときは「好きか・嫌いか」「おもしろいか・おもしろくないか」でストレートに反応するように思える。

つまりは文学というものは、読者と著者の相性の問題が関わってくるので、読者は何よりも作品の「美」を基準に批評するのが良いということだろう。

(前略)数学的真実、科学的真実、歴史的真実等々、どの本についても、その「真実」をとうことはできる。人間の精神が生み出したすべての書物にとって、この真実という基準に照らしてほめられることこそ、最高の名誉である。

ところが、最近、このすばらしい批評の基準が、かえりみられなくなっているのは、おかしなことである。真実を小馬鹿にした本ほど、批評家に賞賛され、一般読者に受ける。多くの読者や、とりわけ昨今の書評家はほめることにせよ、けなすにせよ、真実以外のものに基準を求める。

目新しさ、センセーショナリズム、暴力など、知性を鈍らせ惑わすものばかりがもてはやされて、真実や明晰さや啓蒙性はなおざりにされる。

こういう事態は、今日、真実をなおざりにした書物が氾濫していることに原因がある。

書物は真実を述べることが第一である。この鉄則がここでまた問い直されれば、書かれ、出版され、そして読まれる書物の数は、ずっと少なくなるといっても過言ではないだろう。

p175・174

世間では売れている本がまるで価値のある本のように喧伝されているが、これは必ずしもそうではないということだ。

確かに2、30万部ほどのベストセラーを読んでみると意外と「アレ?」と評判の割には面白く無いなんてことがよくある。

それよりもまったく無名に近いけど、非常に感銘を受ける本というものが存在する。

 

読者とは売れている本ばかり読むのではなく、

自分の感性を豊かにしてくれる本をたくさん読むことが大事なのだ。

 

目新しさやTVや雑誌などのセンセーショナリズムにあおられた本や、暴力性などで話題になった本ばかり求めてはいけない。

確かに著者にはいささ問題があるが、素晴らしい知性の持ち主がわしら一般の読者が気づかないような問題点を記している立派な本がたくさんある。

そうした啓蒙性のある本をもう一度、自分の知性を信じて読みふけることが大事なのだとこの本を読んでいて気づいた。

 

これからはもう少し本書に書かれているやり方を参考にしつつ、

じっくりと本を読んでみよう。

 

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