自己啓発 読書ノート

科学がつきとめた「運のいい人」とは?

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最近、本気でツイてないと思いこんでいた。例のMacの件である。

どうも、おいさんです。キミはこの秋、自分がラッキーだと思うかい?

 

というのも先日はてなブログの方で、

わしのMacを新OS「ハイ・シエラ」にアップデートさせたおかげで、

PC環境が不安定になってしまったことについて長々と書いた。

 

その事故は先週の水曜あたりで起こり、その後Macは不安定になったんだけど、正直この6日間くらいは精神的にしんどくってたまらなかった。

何度OSをインストールしても不具合が出るし、再起動はできなくなるし、クリーンインストールしても環境は不安定なままだしと、ロクなことがない。

 

しかし、今日なんとかそんな不安定な環境にも一筋の光が指して来たような気がする。

ようやく峠を超えたという感じだった。

そんな精神的にも参っていた折に参考にしていたのが、今回紹介する本に書かれていることである。

 

というわけで、

ドラねこ読書ノート・第135回目は「科学がつきとめた「運のいい人」をご紹介するよ!

科学がつきとめた「運のいい人」

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自分の愚かさに腹が立つ。

いや、ホントは自分の「運の悪さ」を呪っているのかもしれない。

ここ数日は何度も再起動&クリーンインストールを繰り返すわしのMacのおかげで、自分の不運を嘆きたくなることの連続で心が折れそうだった。

 

そんなどん底にいたわしを救った一冊がこの「科学がつきとめた「運のいい人」である。

 

「運がいいとはどういうことか?」ということを科学的なアプローチからしっかりと解明している画期的な本である。

最近の「引き寄せの法則」ブームとはまた違った、脳科学を主軸に人間にまつわる「運のよさに」焦点を当てている。

 

ここ最近の不運続きも、

この本に出会ったおかげでいまわしは持ち直しつつあるといっても過言ではない。

そんな科学が解明した「運のよさ」とはどういうものか?

本書を参照しつつ読み解いていこう。

 

運のものさしは自分次第

人はちょっとしたことで「自分は運がいい・悪い」と勝手に決めつけてしまう。

だがそれがいかに愚かなことであるか本人はわかっていないことが多い。

実はその運を測る「ものさし」は案外、他人からの視点に依存している場合があるというのだ。

運のいい人は自分なりの「しあわせのものさし」を持つ

他人の尺度でなく、自分の尺度で行動する。他人がどう思うかではなく、自分が心の底から「心地よい」「気持ち良い」と思える行動をするのです。

(中略)

つまり、運がいい人というのは、じぶんなりの「しあわせのものさし」を持っている→そのしあわせの状態を積極的につくり出す努力をしている→自己一致の状態(自分を好きな状態)になる→人に好かれる、という図式が成り立ちます。

p34・36

そう、「運がいい・悪い」ということを考える際に他人の尺度を当てにならない。

これは先日のわしのMacの件に当てはめれば、Macが新OSのインストールに失敗したおかげでバックアップの重要性や、日頃いかに自分の仕事がMacに助けられているかを痛感する事ができた。

一年前あれほど誓ったのに、気づいたらまた苦労して手に入れたMacに大切にしていない自分がいた。

喉元過ぎれば熱さを忘れるとはこのコトである。

 

今回のトラブルのおかげでこれからは愛機「5K iMac」をもっと大切に扱っていこうという気持ちも再び芽生えた。

せっかく爪に火を灯す思いでお金を貯めて買ったMacじゃないか!もっと自分の仕事道具を大事にしていこう!

 

そんなふうに思えたのもMacのシステムが壊れてくれたからである。

これは運が良かったと思うべきではないだろうか?

 

プラスのイメージを無理やり抱く

人は誰しもが窮地に陥ることがある。

そしてそのきっかけを作ったのは上記で述べたような自分の過失で起こったことだったりする。

そんな出来事に、人は自分を「運が悪い」と思い込む。でも、ホントにそうだろうか?

運がいい人は「自分は運がいい」と思い込む

運がいいと思っている人には努力の余地が生まれますが、運が悪いと思っている人にはその余地は生まれないのです。

(中略)

実は運がいいと思っている人も悪いと思っている人も、遭遇している事情は似ている場合が多いのです。しかしその事情に対するとらえ方、考え方が違う。対処の方法も違う。長い年月を積み重ねれば、おのずと結果は大きく変わってくるでしょう。

だがやはり、何の根拠もなくても「自分は運がいい」と決め込んでしまったほうがいいのです。

p62・63

「実は運がいいと思っている人も悪いと思っている人も、遭遇している事情は似ている場合が多いのです。しかしその事情に対するとらえ方、考え方が違う。」

今回わしが招いたアクシデントも、そのときは心底落ち込んだのにもかかわらず、

それを単に「不運」であるとは単純には断じずに、物事を別の見方をすることで乗り越えることができた。

 

それは、もしかしたらこれ以上に悪い結果になっていたかもしれないと思い込むことだ。

 

考えれば今回のアクシデント以上の悲劇なんていくらでも想像できる。

今回は自分の過失で大事なソフトウェアを破損する失態を犯したが、ハードは無事だったのである。

去年みたいな買って二週間でMacが電源を入れても立ち上がらなくなるなんて故障は起きていないのだ。

 

ソフトであるなら復旧は可能だ。

データも大切なものは別の場所にしっかりと保存してある。

ひょっとしたら、もっとひどい状況に追い込まれていたかもしれないのだ。

 

そんなふうに自分の「今起きてしまった不運」よりももしかしたら「これよりももっと悪いことが起こってしまったかもしれない」ということを想像することによって、わしはこの難曲を乗り切った。

「運がいいと思っている人には努力の余地が生まれますが、運が悪いと思っている人にはその余地は生まれないのです。」

そしてわしはこの難曲を乗り切るため、あらゆる手をつくし、努力したおかげで、ようやく今日少しだが復旧の目処がつきはじめたのである。よかった(´;ω;`)

運のいい人はプラスの自己イメージをもつ

そこで、何かに取り組むとき、何かに挑戦する時には、マイナスの自己イメージはできるだけ排除する努力をして、できるだけプラスの自己イメージを持つようにするのです。

そして、このプラスの自己イメージは、「運がいい」という思い込みとセットにするとよいサイクルが回ります。

p66

必ずこの失敗は取り返す。

この失敗をこのままにしはしておかない。

そうして必死に復旧作業に取り組んだおかげで、わしは今このブログを5K iMacで書くことができたのだ。

 

言霊信仰で不運を退散?

それでも日頃、あまり良いことが起こっていないと不安に陥ってしまうものだ。

そんな不安を追い出してしまう方法がある。それが「自分は運がいい」と声に出すということだ。

運のいい人は「運がいい」「ツイている!」と声に出して言う

ところで、運をよくするためには「運がいい」「ツイている」と声に出していうべきだ、とよくいわれます。

これには私も賛成で、自分は運がいいと思う練習をするときには、声に出して「運がいい」と言うのがおすすめです。

というのは、人間が何かを記録するときには、大脳深部の海馬という部位が働くからです。

(中略)

よって、ただの心の中で「運がいい」と思っているより、声に出して「運がいい」と言ったほうが、長期間のい記憶にかかわる脳細胞は活発に働き、「自分は運がいい」ということが脳に定着しやすくなるのです。

同時に、「運がいい!」「ラッキー」「ツイている!」などと書いた紙を部屋の目に着く場所に貼っておく、というのも資格を働かせるので有効でしょう。

さらに、これらは少なくとも3週間は意識して続けるようにしてください。人間の脳の中に新しい回路ができるようになるには、少なくとも3週間はかかるとされているからです。

p70

わしも「このままMacは潰れて壊れてしまうんじゃないか」と不安にかられたときも、まず朝起きだすと部屋の扉に貼ってある「わしは運がいい」という張り紙を声に出して読み上げていた。

 

すると不思議なもので、

現実は一ミリも変わっていないのに、不思議となんとかなるような気がする。

 

絶望的な状況に陥っても「いま自分は運がいい」と声をだすことによって、この今の状況がなんとか打開できそうな気がするのだ。

 

そして、あとは運がいいのなら現実を変える努力をすればいいのである。

運のいい人は積極的に運のいい人とかかわる

人の運のよしあしは、科学的にみれば、もともとその人が持っているというよりも、その人の行動パターンによって決まると考えるべきでしょう。

運のいい人のそばにいると、その行動パターンが似てきて、「運を呼び込む」ことができるのです。

p71

運のいい人と積極的に関わる。

わしも最近身近な人でツイていると思われる人と関わることで、少しだが今の絶望的な状況が明るくなったような気がした。

たまにはそんなふうに、ツイている人と行動を共にすることによって、

自分にもなんとなく運が良くなったような気持ちがしてくるから不思議である。

運のいい人はひとり勝ちしようとしない

「最適より好適」という言い方があります。最適はベスト、好適はベターという意味。

「最適より好適」とは、「最適な戦略をとると、一時的は勝てるものの、長期的なスパンでみると滅びてしまう可能性が高いよってベストよりベターな道を選ぶべき」という意味です。

p103

これは「不運」なときではなく「幸運」なときの過ごし方だろう。

何か良いことがあったらそれを独り占めしないでみんなに分け与える。

最適よりも好適。自分が心地よい環境を周囲に作り出すというのは、長い目で見ると非常に有効な方法であるといえるのだろう。

 

ゲームをおりたら「ゲームオーバー」

未だに先が見えない状況に心が折れそうな時がある。

今もわしの心はそんな状況で必死でもがいている。だが、そんな絶望的な状況でも諦めてはいけない!

運のいい人はゲームをおりない

ゲームをおりないことーー

運がいい人はここを徹底しています。

 

私たちは生きていくうえであらゆるゲームに参戦している、といえます。わかりやすい例でいえば、受験や就職活動という名のゲーム。結婚し、家庭生活を送ることもひとつのゲームといえます。離婚し、家族が解散していまえば、家族という名のゲームはゲームオーバーです。働くことをやめたら、仕事という名のゲームは終了。

このように、私たちはいくつものゲームに同時に参戦していますが運がいい人といのは、自分が「これぞ」と思っているゲームからはけっして自分からはおりないのです。

(中略)

ゲームをおりないようにするには、「ゲームは常にランダムウォークモデルのように進む」と考えるのがコツです。

コインを投げたとき、表が出る確率と裏が出る確率はともに2分の1ですね。それをグラフにすることをイメージしましょう。たとえば1万回コインを投げたとき、表が出たらプラス1、裏が出たらマイナス1とすすんでいくように点をプロットしていくといった調子です。

(中略)

一方、運がいい人は、マイナスの出来事が続いても簡単にゲームからおりません。

負けが続いているときには最小限の損失になるよう努力し、次のチャンスに備えるのです。

運がいい人も悪い人も、長期的にみれば、プラスの出来事とマイナスの出来事はほぼ同じ割合で起きているといえます。しかし運の悪い人はゲームを途中でおりてしまい、運のいい人は最後までゲームをあきらめません、結果、運のいい人はさらなる運を手に入れ、運の悪い人はますます運が悪くなってしまうのです。

つまり、運を手に入れられるかどうかは、その人がもともともっている運のよしあしではなく、「ゲームをおりるか、おりないか」の差にすぎないのだ、ともいえるでしょう。

p149・150

運の良し悪しは長い目で見ることが重要である。

 

ランダムウォークモデルによると、コインの裏表が出る確率が2分の1であるように、今不運が続いていたとしてもそれが覆ることはいくらでも起こる。

ただし、そんな幸運を招き入れるにはゲームを降りないということを念頭に置く必要がある。

 

わしも今は不安定なOS環境で四苦八苦しているが、そう悪いことばかりが続くことはあるまい。

必ず仕事において盤石なシステムを作り上げることができる。

今回起こったことはその間隙をついて出てきてしまったのだ。

これは自分のミスであるが、おかげでもっと慎重に、自分の仕事環境を構築するノウハウが学べた気がする。

 

そうなれば、今度はハードが壊れようが、ソフトが壊れようが何度でも立ち上がり、また自分にあった最適なPC環境の中でパフォーマンスを発揮することができることだろう。

これはそんな自分に降り掛かった奇跡だと思うことにしよう。

 

う~ん、わしってラッキー!(*´ω`*)

 


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