自己啓発 読書ノート

知性を磨くために効率よく本を読む方法

更新日:

※2017/10/02 リライトしました。

 

ちわ、おいさんだよ。

秋なのに全国的に雨になりかけている今日このごろ、キミは晴耕雨読の日々を送っているかい?

 

わしは普段からたくさん本を読んでいるんだけど、

それ以前に少し自分の読書のスタイルをもう一度洗いなおしてみようと思いこんな本を読んでみたよ。

それが今回紹介する「本を読む本」という本です。

を読むってなかなか変わった名前の本だね。回文みたいw(^_^;)

 

ドラねこ読書ノート・第81回目はそんな本の読み方についての本をご紹介します。

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本を読む本

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一年に何冊も本を読む。

10年前から急に読書の必要性を痛感して始めた読書が、最近になってその取り組み方に疑問を持ち始めた。

まず、本を読んでいるのに一向に頭が良くなったようには思えない。

たくさん読めば読むほど、わしの出来の悪い頭は昔以上に生産性が落ちているような気がする。

 

何も知らないあの頃はそれだけですべて楽に生きれた。

しかし長い人生を生きてきて色んなことを知る度に、わしの頭では考えきれないような問題にぶち当たり、その問題の難解さに混乱するのだ。

 

世の中のことにしろ、経済のことにしろ、自分の生活にしろ、

自分を助けるために始めた読書が、直接的には今のところなんの恩恵ももたらさない。

いつまでたってもわしは相変わらず無職に近いフリーランスだし、恋人はいないし、貧乏である。

思えば読書を本格的に始めたあの頃、なんでもいいからとにかく本を読み漁ればいずれ何か自分の役に立つことがあるんじゃないかと思って、2・3年前まで貪るように大量の本を読んでいた。

そして以前も紹介した北方謙三氏の言葉を胸に、本の前で修行するつもりでいたのだ。

本の前で修行をしろ 北方謙三がボクに送ってくれた素晴らしい言葉

※2016/5/25 リライトしました。 こんちわ、おいさんです。(*´∀`*) 今日はトピック「本好きへの100の質問」について、わしが本を読む意味について語ってみたいと思います。

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しかしここに来て読書というものが実は自分の人生に直接的には何の利益も生み出さないのではないか?

というギモンに薄々気づき始めたのだ。

 

量よりも質を高める読書法

それでは読書というものは意味が無いものなのだろうか。

もちろん答えは「否」だろう。

では実際にどんな効果があるかといえば、ワシ自身の言葉ではなかなかまだハッキリと答えることができないが、今までのように大量の本を片っ端から貪るように読むのは辞めて、もう少しじっくりと本を読んだ方が良いのではないか?と思い始めた。

要は、量よりも質を求めはじめたということである。

 

例えば本書の「本を読む本」には点検読書2 表面読みというところにこんな風に書いてある。

賢くなりたいという高邁な望みを抱いてむずかしい本を読み始めたのに徒労に終わったという経験は誰にでもある。(中略)正しい近づきかたとは何か、それは、次の規則を守ることである。難解な本にはじめて取り組むときは、とにかく読み通すことだけを心がける。

すぐには理解できない箇所があっても、考えこんだり語句調べに手間取ったりしていないで先へと進むのである。

理解できることだけを心にとめ難解な部分はとばして、どんどん読み続ける。脚注・注解、引用文献もここでは参照しない。

いまそういうことにこだわっても、どうせわかりはしないのだから、こういう「つまづきのもと」はなるべく避けて、とにかく通読することだ。最初の半分しかわからなくても、再読すれば、ずっとよくわかるようになるに違いない。

p44・45

大学時代はわしもこんな風に自分の出来の悪い頭を良くしたい一心で、少々難解な本を無理してわかった風に読んでいた(それは今でもか)

しかし、それだけで簡単に頭が良くなるわけではないw

内容の濃い書物は、かみ砕くように何度も読まなくては書かれていることを100%理解することはできないのだ。

当たり前と言えば当たり前だが、それまではそんなことお構いなしにただ読み進めることだけに心を砕いていた。

ただただ大量の本を読む。それだけがわしの日課だった。

 

しかし上述のようにそうしたスタイルも実は悪くない。

ただそれは、最初に読んだ本に限ってのことであり、二回目以降はやはり注釈なり解説なりをしっかりと読ん文章を噛み締めながら勉強した方が良いそれを怠っていては頭が良くなりようがないのだ。

 

読書は反復することで知性が磨かれる。

投資してから効果が時間がかかるメディアなのだと最近まざまざと知った。

 

読者の本に対するマナー

著者の関連知識が不足しているか、誤っているか、論理性に欠けるか、のどれかが立証できない限り、読者には反論する資格はない。

「あなたの前提には何も誤りはない。推論にも誤りはない。だが、私としては結論に賛成できない」ということは許されない。

それは、結論が「気に入らない」と言っているだけで、反論とは言えない。

著者に説得されたのなら、そのことは素直に認めるべきである。

p169

次に大事なのは本を読んでいる際に読者がわきまえておかなくてはならないマナーである。

それは大前提を言うと本文をちゃんと理解しろということに尽きる。要は国語力の問題なのだ。

ここで挙げた「著者の関連知識の不足」「情報が誤っている」「論理性に欠ける」のどれかでない限り、読者には著者を反論することは出来ない。まったく至極その通り、当たり前といえば当たり前の話であるw

なんでこんなことをわざわざ抜粋するかというと、世間には、いやネットには特に人の言葉尻を捕らえて、文脈を理解せずに勝手なことを言う輩が多すぎるからだ。

 

ではそんな人間に、例えばブログの書き手であるわしが出会ってしまったらどうするか?

本の概要や内容もつかんでいないような批評家に批評された苦い経験は、どの著者にもあるものだ。また、演説家なら誰でも、自分の話が全くわかっていないような質問を受けた覚えがあるはずだ。

実際、この手の批評家にまともに取り合うことは、無意味である。そういう批評家には、書き手や話し手の述べていることを、もう一度自分の言葉で、言わせてみるとよい。相手の主張も満足に自分の言葉で説明できないような批評家は、無視してかまわない。

p152

このようにまったく文章を理解していない輩は無視するに限る。要するにこれがスルースキルというやつだ。

ブログを長く運営していて、自分の好き勝手なことを書いているとたまに、

「お前、文章読んでないだろwww」

というような的外れ上から目線なコメントはてなブックマークなどでつけていく輩がいるけど、本当に理解に苦しむ。

記事を読んでまったく賛同しなければ、はてブなんかつけなきゃいいのにわざわざ捨て台詞のようなコメントを残してはてブをつけていくんだから何を考えているのかわからない。

 

だからこういう意味不明な輩、罵詈雑言は無視するに限る。

最初の頃はこのスルースキルができなかったけど、最近は少しずつだが耐性がついてきた。

的はずれな「批評」は、がっつり「無視」して構わないのだ。

 

一方、これはいわゆる「教養書」などに対する時の読者の心構えで、文学などの芸術性のある作品ではまた少し違うと本書は言う。

つまり、小説に対して、読者は反対したり賛成したりするのではなく、好きであるかきらいであるかのどちらかだということを、忘れてはならない。

「教養書」を批判する場合の基準は「真」だが、文学の場合は「美」であると考えてよいだろう。

p207

なるほど確かに小説を読んだときは「好きか・嫌いか」「おもしろいか・おもしろくないか」でストレートに読者は反応する。

つまりは文学というものに限って言えば、読者と著者の相性の問題も関わってくるので、読者は何よりも作品の「美」を基準に批評するしかないということである。

(前略)数学的真実、科学的真実、歴史的真実等々、どの本についても、その「真実」を問うことはできる。人間の精神が生み出したすべての書物にとって、この真実という基準に照らしてほめられることこそ、最高の名誉である。

ところが、最近、このすばらしい批評の基準が、かえりみられなくなっているのは、おかしなことである。真実を小馬鹿にした本ほど、批評家に賞賛され、一般読者に受ける。多くの読者や、とりわけ昨今の書評家はほめることにせよ、けなすにせよ、真実以外のものに基準を求める。

目新しさ、センセーショナリズム、暴力など、知性を鈍らせ惑わすものばかりがもてはやされて、真実や明晰さや啓蒙性はなおざりにされる。

こういう事態は、今日、真実をなおざりにした書物が氾濫していることに原因がある。

書物は真実を述べることが第一である。この鉄則がここでまた問い直されれば、書かれ、出版され、そして読まれる書物の数は、ずっと少なくなるといっても過言ではないだろう。

p175・174

世間では売れている本がまるで価値のある本のように喧伝されているが、これは必ずしもそうではないということだ。

確かに2、30万部ほどのベストセラーを読んでみると意外と「アレ?」と評判の割には面白く無いなんてことがザラにある。

 

それよりもまったく無名に近いけど、非常に感銘を受ける本というものも世の中に存在する。

読書とは売れている本ばかり読むのではなく、自分の感性を豊かにしてくれる本をたくさん読むことが大事なのだ。

 

目新しさやTVや雑誌などのセンセーショナリズムにあおられた本や、暴力性などで話題になった本ばかりを求めてはいけない。

確かに著者にはいささ問題があるが、素晴らしい知性の持ち主がわしら一般の読者が気づかないような問題点を記している立派な本は世の中にたくさんある。

 

そうした啓蒙性のある本をもう一度、

自分の知性を信じて読みふけることが大事なのだとこの本を読んでいて気づいた。

 

以上のように、

そうした読者としての心構えを意識しつつ、この秋はもう少し丁寧に本と向き合ってみよう。

 


びっくりするほど売れてますw
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