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恐るべき柳生への道 あこがれの一刀石をめざしての巻。

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ちわ!おいさんだよ(=´▽`=)ノ

キミは忘れられた秘境を一人旅したことあるかい?

 

「一人旅・前半戦」17日目

奈良に入って吉野山を探訪したドラねこは、その足で春日大社へと向かい、そこで突然降り出した雨に何とも言えない郷愁を感じてしまったのだった。

今回は奈良・柳生のお話です。物語はその時の様子から始まります。

奈良観光2 憧れの柳生へ

柳生。ここは剣の聖地

憧れていた柳生の地にワシはいる。決して柳生博のことではない。

ワシは今。本当に剣の里・柳生にいるのだ。

 

話は昨日に遡る。

昨日、春日大社をまわって雨に濡れながら奈良駅の方まで歩いていると、わしは泊まるところを探すべく奈良駅の周りを散策していた。

 

近くには漫画喫茶があるにはあるのだが、

どこもナイトパックの時間が短く、しかも料金も高い。

仕方ないので他にもっといいところがないか探していると、ある場所に行き着いた。

 

そこは奈良の観光案内所だった。

へぇ、さすが奈良にはこんなところあるんだ。

おもしろそう、せっかくだから入ってみよう(*´∀`*)

 

なんのあてもなくただの興味本位で中に入り、地図やパンフレットを眺めていると、「柳生」のパンフレットが目に飛び込んできた。

 

柳生。

 

この言葉が何故かわしの胸に刺さった!

この時点では明日どこに行くか決めかねていたワシの心に、是非ここに行きたいと思わせる何かを灯したのだw

 

カウンターには駅の切符売場のような係員さんが四人ほどいて、他の観光客の要望を聞きながらバスや電車の時間とルートの説明を親切丁寧にしている。わしもさっそく係の人に柳生に行き方を聞いてみた。

すると係の人は懇切丁寧に柳生までの道のりと、バスの場所と時刻が書いてあるパンフレットに赤丸をつけて渡してくれた。

 

う~ん、なんて親切なんだ!!!(´;ω;`)

 

こうした丁寧な観光客へのサービスを行っているところがさすが奈良といったところか。

その後、結局駅から一時間半くらい離れたところまで歩いた漫画喫茶がその日の宿になった。

 

いざ柳生へ!

翌日、漫画喫茶から奈良駅に向かう。

また奈良駅までの長い道を歩きながら昨日教えて貰ったバス停に辿り着く。そして、教えてもらったとおりの場所で柳生行きのバスに乗った。

 

ワシは柳生の地というものに憧れていた。

時代劇のファンであるワシにとって、よくその名が出てくる柳生とは、東映太秦映画村と並んで時代劇の聖地なのだ!

そんな聖地へもバスに二時間くらい揺られていたらあっという間に到着した。

なんにもない町並みに降ろされたわしは、こぢんまりした商店街の方へ足を運んでみる。

全く人気の絶えた個人商店の集まりに、少しきょとんとしつつ、わしは柳生の町を歩き出した。

 

それにしても店の名前が十兵衛て…(;´∀`)

確かにここ柳生は柳生十兵衛のふるさとだけどさぁ…

なんか……想像していたのとは違うなぁ。このあたりは普通の田舎だ。

 

でも、待てよ。

バガボンドでも確かこんな感じの風景が描かれていたなぁ…

そういえば見渡してみると至る所にどことなく面影がある。

やはりなんとなくここが柳生の里であることが薄々ながら気付くことができる。

 

地図を広げた。さて、どこへ行こう?

ムムム…!ここからすぐ先に旧柳生藩家老屋敷なるものがある!

まずはそこへ行って見よう!

道を辿って行くと早速看板が出てきた。

ちょっと高めの石垣に大きなお屋敷が建っていた。

ここか、これが柳生の屋敷か!

……なんか、想像してたのとだいぶ違うな(;´Д`)

 

旧柳生藩家老屋敷

さらに奥へ歩いていくと、昔の門構えが見えてきた。

見た目より大きくはない。これを長屋門というらしい。

お屋敷をこのようにこぢんまりとしている。

中に入るには入場料を払わなくてはイケナイらしい。

ここでも金取るの?

…大きな声では言えないけど、あんまり綺麗な屋敷ではないぞ。

まぁ言ってもしょうがないからお金を払って中へ入る。

入るとスピーカーからこの屋敷の案内の声が聞こえてくる。

いきなり大音量で響きだすからびっくりした。

中はやはり普通の座敷の作り。色々な展示がしてあった。

綺麗な廊下を渡ると、庭が見えてくる。

なんか見たことあるぞ、この風景。

ここもなんか見たことある。…なんだろう?(;´∀`)

あ!わかった!ここはバガボンドで出てきた柳生石舟斎の屋敷だ!

そういえばどことなく面影がある。

きっとこの屋敷をモデルにしたんだな!趣のある庭である。

旧柳生藩家老屋敷(きゅうやぎゅうはんかろうやしき)は奈良県奈良市柳生町にある武家屋敷。かつての柳生藩家老小山田主鈴隠居宅で、現在は小山田主鈴と柳生藩の資料館として公開されている。奈良県指定文化財。 近年は作家山岡荘八が所有し、柳生宗矩を主人公にした小説「春の坂道」(大河ドラマ化)の構想を練った屋敷としても知られる。柳生藩の財政再建を成し遂げた家老小山田主鈴が藩主柳生俊章から賜った土地に営んだ旧隠居宅である。大規模な石垣天保12年(1841年)に尾張国の石工が築いたと刻まれている。石垣上の屋敷は弘化4年(1847年)8月に着工し、嘉永元年(1848年)6月に上棟された。 1964年に作家山岡荘八の所有となり、山岡没後の1980年に山岡の遺志により遺族山岡賢二から奈良市に寄贈され、庭園と塀、主屋を補修した後1981年11月1日から小山田主鈴と柳生藩および山岡荘八に関する資料館として公開された。             旧柳生藩家老屋敷 - Wikipedia

その展示によると、この屋敷は元々別の人が所有していたのだが、その後、山岡荘八がここを買い、現在は奈良市に寄贈されていると書いてある。

え!山岡荘八が買ったの!?( ;゚Д゚)

山岡は柳生ものの小説を得意として、何作もの小説を書き、柳生に不思議な因縁を感じてこの屋敷を買いとったのだという。

こんなお屋敷を買えるなんて、すごいなぁ、山岡荘八(*´∀`*)

それにしても山岡荘八のファンとして、こんなところに偶然行き着くとはなんたる幸運か!すごいな、とてもありがたかった。

 

よし!これで柳生藩家老屋敷を全部見た。次はどこへいこう

 

旧柳生藩陣屋跡

次に普通のデコボコの田舎道を歩いて行くと、なんだか開けた公園のようなところへ出た。

ここが柳生藩の城の跡であるらしい、残念ながら天守閣やその他もろもろは現存していない。

ここは周りには何もない。なのでここのベンチで一休みして次の場所を探す。

メシを食いながらぼんやりあたりを眺めてみるが、正直あんまり見るものがない。

 

天石立神社

柳生といえば、新陰流。新陰流といえば石舟斎である。

今度は石舟斎が切ったという伝説のある大岩、一刀石を見に行こう!

神社までの道は人通りも少なく、明らかに過疎の村という感じの道をただひたすら歩く。この間にこの柳生ですれ違った人はお年寄り一人のみ。ここはどんだけ若者がいないんだ!

しばらく進むと突然茶畑が目の前に開けている。

山の中の茶畑はすごい斜面に作られている。よくこんなところに作るなぁ…(;´∀`)

というように一刀石はこの先の天石立神社の中にあるという。

なんだこれ?だんだん大きな岩が心なしか増えてきているように思える。

中には大きな苔むした花崗岩がひっそりと鎮座している。

しかしこの数が半端ない。こうした岩がゴロゴロしているのだ。

ほんとにデカい花崗岩がいっぱいある。

これはもう何百年も前からこうなんだろう(^_^;)

本当にすごい岩の数である。形といい、色といい……

この辺りからは明らかにさっきまでの道とは雰囲気がちがう。

何かがあるような気がする(; ・`ω・´)

すると……

天石立神社(あまのいわたてじんじゃ)は奈良県奈良市柳生町の岩戸谷にある神社。戸岩山という小高い山の北麓、標高330メートルの山中に本殿を有たず、鎮座する巨岩を直接拝する形態をとる。『延喜式神名帳』に「天乃石立神社」と記載される式内小社旧社格村社。社辺は戸岩谷と称し「一刀石」をはじめとする巨岩、巨石が累々とする景勝地で、沢庵によって「柳生十景」の一に数えられ、「万年渓」と名付けられた。神社の北方100m程隔たった所にある、全体で長さ 8m、幅7m、高さ2mの花崗岩であるが、中央付近で斜め一直線に割れている。上泉信綱と試合をして敗れた石舟斎宗厳が3年間この地で毎夜天狗を相手に剣術修行をし、ある夜一刀のもとに天狗を切ったと思えば実はこの岩であったと伝え、現に岩面に天狗の足跡が残るという。因みに宗厳はこの修行で無刀の極意を悟り、柳生新陰流の始祖となったという。              天石立神社 - Wikipedia

でたぁー!!!

本当に真っ二つに割れてるよ。(((((((( ;゚Д゚))))))))ガクガクブルブル

横から見てもしっかり真っ二つに割れている。

これをホントに割ったのか?

す、すげぇ…柳生石舟斎すげぇよ。(゜o゜;

 

何故か山道を行く ほうそう地蔵

さて、見たいものは見たし、もう他に見回るものもないから帰ろう。

しかし、バス停まで戻るのが面倒だから、歩いて行けるトコまでいってみることにする。

地図によるとハイキングコースなるものがあり、ここを行けば奈良に戻れるという。だったらここを通って奈良に帰れればバス代も節約できるし、好都合かな?

…なんていう安易な考えからこの過酷なハイキングを初めてしまったことに、わしは後から後悔することになる(;´Д`)

歩いている途中、すげぇ汚い車を見つける。

なんだこれ…?(;´∀`)

こんなんが未だに置いてある道って一体…。

まるで迷路を歩いてるような思いで途中何回か迷いながらそれでも進んでいく。すると、またもいきなり小さなお堂が現れた。

これがほうそう地蔵というものだそうだ。…ちっちぇなぁ(^_^;)

一応拝んどくかナムナム……

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ここからさらに道はどんどん険しくなっていく。

軽い気持ちでハイキングに及んだわしはこの時点でいささか後悔してきたw

ムムム…一体どこまで続くんだ、この道は?

長い長いぞ…山の斜面も急な感じになってきた。

ここまでくると後ろに背負っている重さ20kg以上のバックパックが重くなってくる。

ここまで結構歩いてきたのにまだ終わりが見えない。

ようやく開けたところに出てきた。

こうしてみると柳生はなんにもないんだねw

でもこのなんにもないのがいいんだよねw

と、思って歩いていたら、いきなりとんでもないものが目の前に現れたwここらへんはイノシシが出るんだね(^_^;)

歩くこと30分。目の前の景色は相変わらず田んぼが続くw

なんてのどかなんだ。ここはまさに古き良き日本の田舎である。

ここまでですでに一時間くらい歩いている。

まだまだ道のりは遠い。

このなんにもない景色は確かに素晴らしいものがある。

京都に近いところで、まだこんなふうな自然のままの景色がある地があったのか(^_^;)

 

そしてここまで三時間くらいフラフラになりながら、奈良に帰るバスが来るというバス停まで歩いた。

奈良までのハイキングコースはまだ半分。本当はまだ先まで道は続いているのだが、もうワシは歩けない。ここでリタイアする。

バスで帰る決心をして、大勢が並んでいるバス停にわしも荷物を降ろして並ばせてもらう。

ぐぇ、もう立てない。そんぐらいここまでのハイキングはしんどかった。

今日は絶対歩かないと決めていたのに柳生から奈良に帰ってくるまで大変な思いをしてしまった。

 

ああ…疲れた(-_-;)

 

二月堂

そしてまたバスに揺られること30分。

なんか大きな門の前で止まったのでここで降りてみる。

その後時間が余ったのでここから二月堂と東大寺の大仏を見に行くことにした。

いいですね~、奈良っぽいw

趣きのある石畳の道を登って目的地の二月堂に向かうわし。

東大寺二月堂(とうだいじにがつどう)は、奈良県奈良市東大寺にある、奈良時代(8世紀)創建の仏堂。現存する建物は1669年の再建で、日本の国宝に指定されている。奈良の早春の風物詩である「お水取り」の行事が行われる建物として知られる。「お水取り」は正式には修二会といい、8世紀から連綿と継続されている宗教行事である。二月堂は修二会の行事用の建物に特化した特異な空間構成をもち、17世紀の再建ながら、修二会の作法や習俗ともども、中世の雰囲気を色濃く残している。             東大寺二月堂 - Wikipedia

着いた。見上げるとすごい建物である。

なんかまたすごい階段を登らされる。

上まで来るとこんな感じ。高いよねw

遠くに見える奈良の町並みが情緒を醸しだしていますな。 

すごい人。そういえばまだGWだった…

さっき登ってきた階段。

下に広がる屋根の数々。壮観である!

さて次は大仏の方を見に行こう。

 

東大寺

東大寺(とうだいじ)は、奈良県奈良市雑司町にある華厳宗大本山の寺院である。金光明四天王護国之寺(きんこうみょうしてんのうごこくのてら)ともいい、奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺である。「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とし、開山(初代別当)は良弁である[2]。現別当(住職・221世)は、筒井寛昭。奈良時代には中心堂宇の大仏殿(金堂)のほか、東西2つの七重塔(推定高さ約70メートル以上)を含む大伽藍が整備されたが、中世以降、2度の兵火で多くの建物を焼失した。現存する大仏は、台座(蓮華座)などの一部に当初の部分を残すのみであり、現存する大仏殿は江戸時代の18世紀初頭(元禄時代)の再建で、創建当時の堂に比べ、間口が3分の2に縮小されている。「大仏さん」の寺として、古代から現代に至るまで広い信仰を集め、日本の文化に多大な影響を与えてきた寺院であり、聖武天皇が当時の日本の60余か国に建立させた国分寺の中心をなす「総国分寺」と位置付けられた。東大寺は1998年古都奈良の文化財の一部として、ユネスコより世界遺産に登録されている。         東大寺 - Wikipedia

前にも来たことはあったけど、この門は覚えてないなぁ。

こんなのあったっけ?

 重要文化財。金堂(大仏殿)の手前にある入母屋造の楼門(2階建ての門)。享保元年(1716年)ごろの再建。中門の両脇から「コ」の字形に回廊が伸び、金堂の左右に至る。

金堂(大仏殿)に来た。

う~ん、さすが遠くからでもすごいデカイことがわかる。

東大寺の伽藍の中央に位置し、境内で最大の建物である。現存する大仏殿は、正面の幅57.5m、奥行き50.5m、棟までの高さ49.1m。奥行きと高さは創建当時とほぼ同じだが、幅は創建当時(約86m)の約3分の2になっている。「東大寺要録」の「大仏殿碑文」によると創建時の大仏殿の規模は、幅29(約85.8m)、奥行き17丈(約50.3m)、高さ12丈6尺(約37m)、柱数84という。大仏殿の正面には、国宝に指定されている金銅八角燈籠がある。世界最大の木造建築として広く知られていたが、近代には集成材や構造用合板などの建築資材の発達によりティラムーク航空博物館大館樹海ドームなど東大寺大仏殿より大きな木造建築が建造されている。木造軸組建築としては現在でも世界最大となっている。

あたりは人で溢れかえっている。

さすがGW。人気スポットはまだまだ人が絶えないw

今回のベストショット!良い構図じゃ(*´∀`)

すごい古さがわかる絵。

これはすごいな、この建物はどれくらい年月が経っているんだろう?

ホント、デカイんだよねぇ…(;´∀`)

中に入ると、出ました!おなじみの大仏さま!!

ありがたや~ありがたや~( ´∀`)

有難いご尊顔(右)

さて、ざっと見たからもう帰ろう。

それにしてもホントにすごい人だ(^_^;)。

これはGWにくるようなとこじゃないやw

ワラワラ出てくるw

これでなんとなく奈良は堪能した気がする!

心なしか、行基さんも笑っているような気がした。

さて、それじゃあ今回も漫画喫茶を探して夜の街を歩いていこう!

そして今日も泊まる所は漫画喫茶だw

 


びっくりするほど売れてますw
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