
ちわわ、ちわ~!おいさんだよ!
キミは本当の変態を知っているかい?
タイトルからして、マジで変態の話だと思だろ!


ふむ、下ネタの本かと思うじゃろ?違うのじゃ。
普通に芸能人のエッセイ本じゃん


星野源という男の苦悩、生還、再生、全部詰まっておるからのう
まぁなかなかおもしろい本だよな。

\ ココがポイント!/

『よみがえる変態』は、星野源がくも膜下出血という大病を経て、再び「表現者」として立ち上がるまでの過程を綴ったエッセイ集なのじゃ!!
タイトルのインパクトに反して中身はむしろ誠実で真っ直ぐ、ユーモアと自己開示に満ちた“復活の記録”だ。病気、音楽、日常、性、創作への情熱、そして星野源という人間の素顔が、軽妙な文章とともに刻まれている。読者は彼の弱さや情けなさに笑い、時にほろりとしながら、「生きるとは何か」を静かに受け取る。派手な告白も、偉そうな説教もない。ただ、星野源という一人の“変態”が懸命に生き抜く様が、読み手の心に優しく響いてくるのだ。これは奇抜な変態物語ではなく、奇跡のような“再生のドキュメント”である。
蘇る変態
星野源のファンになってもう4年。このブログでも再三話題にしてきた。
去年はそんな星野源も大ブレイクを果たしてかなり有名になったけど、今回紹介するのはそんな星野源のエッセイ集である。
まずこの「蘇る変態」一言でいうと、下ネタ満載の本である。
しかもそれが読んでいてもまったく不快にならないほど爆笑必至な下ネタ満載の本なのだ。
ナゼこうまでも爽やかなんだろう?と首をかしげたくなるほど爽やかな筆致で書かれた下ネタの数々は、読んでいるこちら側を決して不快にはさせない。
これもきっと星野源の人柄がなせる技なのだろう。
女子の人はあまり信じられないかもしれないが、
この世の中には「爽やかな下ネタ」ならぬ「爽やかな変態」というものが存在する。
変態といってもすべてが脂ぎったオッサンの露出狂みたいなものばかりではない。
それでは何が「爽やか変態」なのかというと、このエッセイ集を一読してもらえればわかるが「星野源の語りが爽やか」なのである。
爽やかな変態
不思議なこと「蘇る変態」の中でしきりに自分を「変態」とこき下ろしているが、わしは読んでいてそれが全く伝わってこない。
いや伝わったとしてもそこまで変態であるとはかんじない。
むしろ変態というよりも、一人の普通の男が、普段身の回りのエロいことを感じるままに等身大の言葉で言い表しているように思える。
つまりはこの世の中の人間すべてが「変態」なのである。
こういった感情を包み隠さず語る星野源の姿勢には、一人のオスとして非常に好感が持てる。
それ故に「爽やか」なのだ。
彼の文章は「素直」でどこまでも正直である。
「正直である」ということは、それは一人の人間が抱えている真っ黒い部分も包み隠さず見せてくれて、それが芸能人(ミュージシャン)というよりも一人の普通の男として伝わってくる。
そういった部分が非常に「正直」なのだ。
一体、どれくらいの芸能人が、彼のような等身大の言葉でここまで語られるだろうか?
全くもってイメージと変わらない
ここがある意味すごいところだと思うのだが、星野源という人はまったく芸能人らしくない。
悪く言えば芸能人オーラゼロw
そんな見た目普通のどこにでもいそうな親戚のお兄さんである星野源の魅力は、そんな彼の歌にはどこか狂気のようなものを感じられてやはりアーティストとしての存在感を感じずにはいられない。
彼から紡ぎだされる言葉が、読んでいる(聴いている)人間をどこまでも温かな気持ちにしてしまうのは、親しみやすい不思議な魅力を兼ね添えた人だからなのだろう。
優しくもどこかスケベで、それでいて親しみやすい星野源という人柄は、一般の人が「普通」に抱えている「普通」の感情をどこまでも正直に時に泣きだしたくなるような絶望とともに誰もが共感できる言葉として表現してくれる、誰よりも身近なアーティストなのではないだろうか?
そんな彼の「普通」のところや、脳梗塞で倒れた後の「地獄」の闘病生活について赤裸々に書かれたこの本は、星野源ファンのみならず、これから彼の活躍を目にするであろうその他大勢の人にとって非常に手に取りやすい入門書なのではないだろうか?
絶望と地獄を乗り越えたその先に、星野源の快進撃はいま始まったばかりである。
良いところ
あらすじ
本書は前作『そして生活はつづく』に続くエッセイ集であり、2012年にくも膜下出血で倒れた星野源が、療養・復帰・再出発までをユーモラスかつ率直に綴っている。体調不良や入院生活の記録から、退院後のリハビリ、音楽・演技活動への復帰、そして自分自身の「変態性」についての考察まで、その筆致は軽妙ながらも芯が通っている。読者は、笑える日常エピソードとともに、病との向き合い方、創作の意味、他者との距離感、人生の浮き沈みに触れながら、いつの間にか深い共感を抱くことになる。とりわけ「変態」とは何か、それは「好きなものに正直であること」だという哲学的な解釈には、妙な説得力と温かさがある。本書は生きづらさを抱えるすべての人への優しい手紙のようでもある。
では以下に良いところを挙げていこう!
星野源の「言葉の力」が炸裂している
文体はシンプルかつ軽妙で読んでいて引っかかりがない。しかしそこに込められた感情や哲学は実に深い。「笑い」と「痛み」のあいだを絶妙に行き来するリズムがあり読者を飽きさせない。特に病と向き合う日々の描写にはリアリティと真摯さがあり、涙なしでは読めない箇所もある。文章に人間味が溢れている。
病と復帰を笑いに昇華している
星野源は自身の闘病体験を暗く重くではなく、あくまで笑いを交えて語る。これは決して軽視ではなく悲劇すらもポジティブに捉えようとする姿勢の表れである。この“ユーモアの強さ”が本書を単なる闘病記ではなく、“生の賛歌”として昇華させている。
「変態=正直に生きる人間」という哲学
本書で繰り返されるのは、「好きなものを好きと言えること」「誰にも理解されなくても、自分の感性を信じること」の尊さだ。星野源はそれを“変態”と呼ぶ。変態とは普通であろうとせず、自分らしさに正直であること。この逆説的な肯定が読者にそっと寄り添い、励ます力になっている。
気になった方はこちらからどうぞ
悪いところ
では以下に悪いところ挙げていこう。
派手さはない
起伏に富んだドラマを求める読者には淡々とした語り口が物足りなく感じられるかもしれない。あくまで“日常”を切り取った作品であるため、エンタメとしての刺激は少なめである。
病気体験が重すぎると感じる人も
ユーモアを交えているとはいえ、病気や手術に関する描写はリアルである。読む人によっては、生々しさに苦しくなる場面もあるだろう。
エッセイとしてのまとまりに欠ける部分も
連載エッセイをまとめた形であるため時系列や文脈が多少飛ぶ印象がある。構成の緻密さを求める読者には散漫に感じられる可能性もある。
まぁ、おもしろければいいんじゃない?

まとめ
こんな人におすすめ!
- 生きづらさや病と向き合っている人
- 星野源の素顔や創作の裏側を知りたい人
- クスッと笑えて、心が温かくなるエッセイを読みたい人
『よみがえる変態』は星野源という一人の人間が、病気を経てもう一度“生きる”こと“表現する”ことに向き合う姿を、飾らず素直に描いたエッセイである。タイトルの奇抜さに反して、内容はあたたかく、静かで、深く共感できるものばかり。ユーモアと誠実さを行き来する文章には、読む者を救う力がある。人生につまずいた時、自分の居場所がわからなくなった時、そっと背中を押してくれるような一冊である。
「変態」とは突き詰めれば“正直に生きる”ということなのだろう。

真の変態とは自分を偽らず、心の声に従う者なのじゃ。