【福井・吉方旅行2】え?!まさかの再会?丸岡城で憧れのあの人の素顔に迫る!!

2021年12月14日

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【福井・吉方旅行2】え?!まさかの再会?丸岡城で憧れのあの人の素顔に迫る!!

2021年12月14日

ドラねこ

こんちわ、おいさんだよ。

君は福井県は好きかい?

今回は?

まいける
ドラねこ

今回は永平寺からバスに乗って丸岡城に向かうのじゃ。

丸岡城?

それってどこにあんだ?

まいける
ドラねこ

永平寺から20分くらいじゃ。

この日の宿のあわら温泉の途中にあるので丁度いいから観光していこう。

それでは今回は丸岡城を案内していくぞ!

この記事は2019年6月にドラねこが開運のために福井に3泊4日で行った吉方旅行の検証記事です。

実際に開運するかどうかは「西谷流開運術!3泊4日の吉方旅行で開運しよう!」もお読みいただいてご自身でご検証ください。

それでは用法用量をお守りの上、最後までお楽しみください。

前回まではこちら

本田作左衛門の・・・

永平寺から約20分。

バスが停まった場所が一筆啓上茶屋の前。

いっぴつけいじょうちゃや?

なんだそれ?

まいける
ドラねこ

本田作左衛門が妻にあてた日本一短い手紙が元ネタじゃ。

ほんださくざえもん?

誰だそれ?

まいける
ドラねこ

本田作左衛門はわしが大好きな山岡荘八の小説「徳川家康」に出てくる徳川家家臣団の一人で、小説の中ではわしが一番好きなキャラクターじゃ!

まあ詳しいことは道すがら説明していこう。

この階段を上がった先に丸岡城がある。

入城料450円を払って見に行くことにしよう。

石垣の周りには金じゃないシャチが置いてあって、これはこれで珍しいw

これが丸岡城。

こじんまりとしていても当時の天守のままで現存する貴重なお城である。

ポイント

丸岡城は現存する最古の建築様式をもつ平山城で、国指定の重要文化財。

一向一揆の備えとして織田信長の命で柴田勝家の甥である勝豊が築いたとされる。最上階からは坂井平野が望める。

「日本さくら名所100選」「日本100名城」にも指定されている。

意気揚々と丸岡城に進むの図。

この入口が左側にこじんまりとついているというのも珍しい。

さっそく中に入ってみよう。

城の内部に入ると目を引くのがかつての城の周囲を模した模型である。

ドラねこ

おもしろいのう。

昔、このあたりはこんなんだったんじゃな。

すごいでしゅ。

クロ
まいける

ま、なんもない田舎だったんだろうな。

こじんまりとした天守なだけあって、内部はほとんど修復されてない当時のまんま。

このあたりは以前訪れた松江城に似た雰囲気がある。

ああ、確かにあそこもこんなかんじだったな。

まいける

丸岡城の天守が作られたのは江戸時代以前で、それが今でも残っていることから、「現存十二天守」と呼ばれる全国にある現存する12の天守閣の一つである。

床板の木目がしっかり入っていてすごいな。

まいける

窓から外を覗くとこんなかんじ。

月日が建っているかんじが壁を覆う板と雨を逃がす板の木目から感じられる。

熱血硬派!さくざえもん!の巻。

内部の展示パネルには徳川氏の家臣の系統と、城主本田家の系譜が書かれている。

ドラねこ

この左っかわの家系図が本田家の系譜を知るには重要でのう。

真ん中のオレンジ色で囲われた「成重」というのが初代城主。

その父は「鬼作左」と恐れられた作左衛門じゃ。

へえ〜、本田家だったんだな。

本田って徳川の中でも重臣だったんだろ?

まいける
ドラねこ

よく知ってるな!

本田・大久保は徳川の家臣団の中でも別格扱いだった家柄じゃ。

まあでも大久保家の方はいろいろあってのう。後々失脚していくんだけどな。

廻り縁のある望楼からあたりを見回すと坂井平野が望める。

なんとも素晴らしい景色が眼下に広がっていた。

こちらが鬼の本田作左衛門重次さん

(画像参考 : Wikipedia-本多重次

ドラねこ

本田作左衛門は石川数正と並んで徳川家康の前半生を支えた人物で、徳川家臣団の名物武将だったのじゃ。

へえ〜、どんなヤツだったんだよ。

まいける
天守の梁は今でもしっかりと現存で野太い柱がちゃんと屋根を支えてくれている。
ドラねこ

まあ有名なのがその気性の激しさじゃな。

主君である家康に対してもズケズケとものを言うタイプでよく家康を怒らせたり困らせたりしていたのじゃ。

しかし家康はその一徹者でありながら不正を憎み、誰にでも公正な姿勢で接する気性を深く信頼し、愛してもいたのじゃ。

ほう。いわゆる武骨者ってヤツか。

まいける
ドラねこ

鬼作左の気性を表すエピソードにこんな話がある。

小牧長久手の戦い以後、家康が秀吉に臣従を誓い上洛する代償として秀吉の生母・大政所おおまんどころが岡崎に下向した時、家康の後室となった娘の旭を見舞うという名分で岡崎に入ったのじゃ。

おう。

まいける
ドラねこ

その時、「もし秀吉が家康に対して何かおかしなことをしでかしたなら小屋ごと大政所を燃やしてやろう」と吹聴して、大政所の宿舎に薪を積んで万一の有事に備えたため秀吉の勘気を買ったという作左衛門のほっこりエピソードの一つでしたw

どこがだっ!

まいける
ドラねこ

まあこんな感じで作左衛門はこんなふうにいろいろとアレなエピソード満載な武将なのじゃ。そこらへんの詳しい話は山岡荘八の「徳川家康」を読んでみることをオススメするぞ!

こわいでしゅ

クロ

天守からの絶景

加えて特筆すべきなのはこの天守からの絶景である。周りには学校や体育館などが見て取れる。

とても静かで平和な土地であることがここからもちゃんと見通せる。

この日はお日柄もいいことか吹き抜ける風も気持ちいい。

展示パネルはガラスケースに入っているのではなく、このように床に直付けでおいてあるw

この手作り感がいいな。

まいける
ドラねこ

この質素で飾り気のない感じがとても良いのじゃ。

望楼から下を見るとけっこうこの廻りが広いことが見て取れる。

あそこにきっと兵隊を動員していたんだろうな。

いや〜、まさかここで大好きな作左衛門に会えるとは思わなかった。

恥ずかしながらこんなふうに丸岡城が、本田作左衛門と関係がある城とはまったくしらなかったし、ここに来る予定も当初なかった。まったくの当てずっぽう。気ままなぶらり旅である。それなのに、予想もしなかった出会いに恵まれるとは…これも旅の醍醐味を感じた一瞬である。

下から見上げた城の外観もなかなか圧倒的。

城を支える石垣は野づら積みという方式で積み上げられていて、隙間が多いのが特徴。この粗雑な構造のおかげで排水性がよく、大雨で崩れる心配がないのだとか。

以前訪れた舘山城にもあったけど、城の周りには何故かこうした小さな社があるんだよね。傍らのあじさいはこの時期が見頃。

少し離れた場所にもこうして小さな社がある。一応お参りしておこう。

それにしてもあじさいがキレイんだなあ・・・

一筆啓上茶屋

さて、城も見てしまったのでこの一筆啓上茶屋を見ていこう。

さっきから気になってんだけど、一筆啓上茶屋ってなんだよ?

まいける
ドラねこ

それはこの先見ながら説明していくぞ。

茶屋の近くにはこのような日本庭園があったりして、

大きな池にはこのように立派な石垣が積まれている。

こちら側はなんとなく洋風の建築物っぽい。

隣には歴史資料館(有料)があったりする。大体歴史は知っているので今回はパス。

近くにはキレイな図書館もあった。

図書館に入って本でも読もうかしら?とふと上を見てみると・・・

なんと小さなツバメが母親の帰りを待ちながらピーチクパーチクつぶやいているw

カワイイでしゅ

クロ

一筆啓上 日本一短い手紙の館

さて「一筆啓上 日本一短い手紙の館」にやってきた。

だから一筆啓上ってなんだよ?

まいける
ドラねこ

一筆啓上ってのはな、本田作左衛門が長篠の戦いの際に妻子に宛てた手紙に「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな馬肥やせ」と書いて送ったというエピソードから日本一短い手紙と言われているのじゃ。

それで「一筆啓上 日本一短い手紙の館」なのか。

それにしても戦場から妻子に送った手紙がそれだけとは…

まいける
ドラねこ

これが重次の人柄をよく表しているのじゃ。

そしてこの「お仙」というのが後の初代丸岡藩主の「成重」じゃ。

ああ!それがさっき見たあの家系図の「成重」か!

まいける
ドラねこ

そうじゃ。

これも三河武士の気骨を表した、武骨者の本田作左衛門重次らしいエピソードの一つじゃ。

残念ながらこの日はたまたま休館日。

なので中にどんな展示がされているのかよくわからなかった。

まあいいや、機会があたらまたこようw

目の前には青い芝生と体育館がある。

こんないいところでサッカーの試合でもするんだろうか?

ちょっとうらやましい近隣の環境を見ながら、やってきたバスに乗ってこの地を後にした。


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  • この記事を書いた人

ドラねこ

このブログの管理人。 よくネコに間違われるが実はトラ(らしい)。漫画・イラストを描いている。 人呼んで乱視の猛虎! もし記事を気に入っていただけたらサイトをブックマークもしくは、Twitterフォローよろ!

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